ワールド イズ ダンシング #10
能の大成者とされる世阿弥が、舞うことの意味と表現の世界を見出していく。実在の人物や史実を元にしてはいるが、ほぼほぼフィクションな成長物語。
芸術を扱う作品は難しい。バンドアニメで曲がダメだとどうしようもないように、良い舞を良い舞として描くならば、それだけのセンスや作画と演出の技術が不可欠だ。そういう意味では、頑張ってるのは分かるし相応の出来にはなっていると思う。なのになぜかもう一つ、作品に入り込めないというか、主人公に共感できないというか。
第一印象として、衣装と時代背景から、すでに人気の『逃げ上手』のパチモンくさい。主人公は、鬼夜叉という史実の名前とはミスマッチな女性ぽいデザインで、しかも花守ゆみりはなでしこモードで、脱いだら男だったのが気持ち悪く感じたほど。父親に厳しく仕込まれた天賦の才能を持つ少年、とはとても思えず、ちょっとウザい「のだ」のせいもあって、甘やかされた稽古嫌いのボンボンに見えてしまう。だから、そんなヤツが「舞うことの意味に思い悩む」姿になんか、ちっとも共感できない。
また、能楽がそもそも伝わりにくいという側面もあるだろう。「卒塔婆小町」も「汐汲」も雰囲気は出ていて歌も美しかったが、感動するほどの良さは解らなかった。作画の工夫がーなどと安易には言えないが、普通に舞台と情景を見せられるだけでは物足りなかったのは確かだ。
ときどき台詞の中に出てくる詩的な表現が、この作品の本来の魅力なような気がする。しかし、漫画で効果的だった言葉は、アニメの台詞に乗せただけでは効果的には伝わらない。アニメ制作としては派手に動かしたいのだろうけど、もう少し言葉を重要視して、静としての空気感をベースに作った方が、能楽にも合うし動としての舞も活きてくるのではないかと思う。
心地良いキンキン声でお馴染みの内田真礼が見事に少年役を演じていて、エド朴璐美もいて、花守ゆみりのせいじゃないけど、なでしこモードだけ方向性が違っていた。成長した鬼夜叉は男声のようなので、ここから雰囲気が変わるかもしれない。
まあ、能を「ダンシング」なのがまず共感できないんだけどね。
芸術を扱う作品は難しい。バンドアニメで曲がダメだとどうしようもないように、良い舞を良い舞として描くならば、それだけのセンスや作画と演出の技術が不可欠だ。そういう意味では、頑張ってるのは分かるし相応の出来にはなっていると思う。なのになぜかもう一つ、作品に入り込めないというか、主人公に共感できないというか。
第一印象として、衣装と時代背景から、すでに人気の『逃げ上手』のパチモンくさい。主人公は、鬼夜叉という史実の名前とはミスマッチな女性ぽいデザインで、しかも花守ゆみりはなでしこモードで、脱いだら男だったのが気持ち悪く感じたほど。父親に厳しく仕込まれた天賦の才能を持つ少年、とはとても思えず、ちょっとウザい「のだ」のせいもあって、甘やかされた稽古嫌いのボンボンに見えてしまう。だから、そんなヤツが「舞うことの意味に思い悩む」姿になんか、ちっとも共感できない。
また、能楽がそもそも伝わりにくいという側面もあるだろう。「卒塔婆小町」も「汐汲」も雰囲気は出ていて歌も美しかったが、感動するほどの良さは解らなかった。作画の工夫がーなどと安易には言えないが、普通に舞台と情景を見せられるだけでは物足りなかったのは確かだ。
ときどき台詞の中に出てくる詩的な表現が、この作品の本来の魅力なような気がする。しかし、漫画で効果的だった言葉は、アニメの台詞に乗せただけでは効果的には伝わらない。アニメ制作としては派手に動かしたいのだろうけど、もう少し言葉を重要視して、静としての空気感をベースに作った方が、能楽にも合うし動としての舞も活きてくるのではないかと思う。
心地良いキンキン声でお馴染みの内田真礼が見事に少年役を演じていて、エド朴璐美もいて、花守ゆみりのせいじゃないけど、なでしこモードだけ方向性が違っていた。成長した鬼夜叉は男声のようなので、ここから雰囲気が変わるかもしれない。
まあ、能を「ダンシング」なのがまず共感できないんだけどね。
sh-anime.shochiku.co.jp/worldisdancing-anime/
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